明朝(みょうちょう)を明朝(みんちょう)と読み違えて、なんで急にフォントの話し?となる案件が発生。
5月個展の写真をレタッチ中。2枚作って、さっそく眠気。
戎さんは追加の飾りもない笹を一本買うのが精一杯。
人の悪いトコ挙げるのは案外簡単かつ、ナンでか喜ばれる。で、頑張っていいトコ探して褒める人のコトは信用してくれない。ほんまに腹が立つ、笑
凍死しそうなので空きっ腹だけど熱燗投入。
写真を用いた表現活動をしたいのか、自分の表現活動のために写真を用いているのか。言葉の順序が違うだけではなくだいぶ違いがある。どっちも出来上がる物は写真だが、僕は後者でしかない。
結婚して家で最初に作ってもらった晩ご飯の写真がまぶたの裏側でスクロールする。
夕暮れって感動したイキオイでつい写真に撮りがちですが、でもやっぱり、いい写真はいいんですよ!
押し入れから30年ぶりに出てきた色褪せた同時プリントみたいに描いた絵画。
そこはその、フォース的な感じで
降ってきたのではなくて、湧き上がってきた。
貸し画廊の時代は終わったなんて言われると、オイオイちょっと待って下さいヨ!ってなるけど、そういう時代の始まりが来ているのは、自分のギャラリーで僕も薄々は気付いてる。
ゴリラの着ぐるみを着て空き地で生卵三個一気飲みした。
(2018.1)
今撮るものはありきたりであればあるほど、20年ぐらい経ったら絶対イイものになると思います。
ロボットがテーマのロボロボ展というのを企画したが応募がまったく無くて凹むという夢を見た。
巨神ゴーグ鑑賞。最終回までイッキ観したのは、実はこれが人生で3度目である。
今年は爆笑なぐらい企画展の開催が多い。
スターウォーズEP8の上映時間が160分とある。3時間近い。その間の尿意が心配である。ジェダイの騎士がフォースを使うように、僕もいざという時はホースを使うのだ。ジョロジョロロー
表面的な変化だけで街の風景を考えてはいけないということを遠回しに伝えたいわけです。
ギャラリーの事務スペースにいると寒くて寒くて堪らないので、極寒の廊下にしばらく滞在してから戻ってくると、めっさ暖か〜となる。節子、それヒートショックや。
このVHS感、たまらんなぁ・・!
日常・非日常というのは、この世界の中で存在する現象としては全く同じ事柄を、感知する者の立場によって相対的に言い分けているだけで、それはつまり、ワクワクするようなことは自分が知らない世界にだけあるのではなく、自分の身の回りにもあるということに他ならない。
二度寝からの覚醒(だがいつでも再度また寝れる)
今のつまらない街の風景だって、50年経ったら次の世代の人たちにとっての原風景になるのだろう。
年明け恒例、ペンキ塗りツイートがないのは、まだ塗っていないからです。
経営の立て直しでしばらく苦しみそうだが、新しい出会いや懐かしい再会がたくさんあると、あともうひと月、もう半年、もう1年と、デッドラインを先延ばし出来る気分になる。
アソコにカカトが入るんですか!
支払い日(控えの投手を全部使い果たした監督の気分で)
毎年恒例、1年の振り返りはミクシィ日記に書きました(笑)
では例年どおり、ラジオで紅白歌合戦でも聴きます。(テレビなし)
さて、仕事が納まったっぽい。ぽいぽい、ぽーい。
カメラにおける光学式ファインダーと電子式ファインダーの好き嫌いは、紙の本と電子書籍の好き嫌いのようだなと最近思っている。僕は電子式ファインダーと紙の本が好きかな。
狂乱の野戦病院跡が片付いた。
昨夜の忘年会は両手に日本酒。
ギャラリー室内、爆笑の酒臭さ。
21:00 忘年会開始
22:30 解散(第1希望/スルー)
23:00 解散(第2希望/泥酔者の集まり)
23:30 マジほんま帰らせてください
死者が出ないよう安全に忘年会を進行いたします。
ウコンウンコシンドローム
なぜアビィの忘年会は毎回、野戦病院のような混乱になるのか。
眠くて目玉の血管切れそう
目前の計画性おこ
【予告】妻の思いつきで僕の明日の仕事が増やされる。
様々な「今」を撮り続ける行為は最終的に作者自身へと帰着していくのです。
一生どんくさい理屈掘るよりか、サイズ合った服着ようぜ(個人的な今の気分)
この3年半ほどの「うわごと」を文庫本サイズでなおかつ老眼対策として大きめの文字で書籍化すると445ページにも及ぶことが分かった。ドグラマグラか。
明日確実に二日酔いのプロフェシー
こんなことやっててどうなんのかなって、僕でさえ時たま思いますから、そりゃなかなかですよ。ここまでやってきたんだから、サッサと諦めずにもうちょっとやってみてくださいよ。とか、誰彼に言うでもなく、深夜。
掴みかけては、いや、コレは違うんじゃないか…という感じで新作に向けた思考は続く。新作は1つかもしれないし、思考の具合によっては複数の新作に分裂するのかもしれない。
そろそろ年末ですので、今月のアレとか来年のソレとか、先に払っとこうかな〜という人、アビィへお急ぎください!(なんなの、そうなの)
本日は朝からバッチリ二日酔いになっている。
撮るべきだと感じた瞬間にためらわずシャッターを切ること。その純粋な作業の積み重ねで、ある日のどこかにいた人たちが、確かにこの世界に存在していたという事実が残されるのです。
寒さに耐えながら撮影。道行くおばあちゃんたちに今日は寒いねぇと労われる。
あ〜音楽はいいねぇ。僕もちょっとだけ楽器弾けたんだけど。
作者は声ガラガラで終日在廊いたします。
身近なモノを撮るほど意識は遠くに行くし、遠くのモノを撮るほど意識は近くに向かう。そういうのがヒトのモノの距離感というか。でもそれを合計すると自分と世界との距離は一定になるんですよね。当然と言うか意外と言うか。でもそれが写真らしいんです。
酒じゃ酒じゃー
(2017.12)
ニコンサロンで半袖Tシャツ1枚だったのは僕です。
口内の血マメ潰れて鉄の味(突然の五七五)
日ごろから鉄欠乏性貧血なので、口の中を切ったときに血の味がすると、オッ!今日は鉄分あるじゃん、ってなります。
奈良だけど港町のイメージで。
HOLGAを使う時に気にするのは「この明るさ」で写るか写らないかだけ。もちろんアカン明るさでもネガには何かが微かに残る。ソレをカタチにできるかは自分の技術次第。当時では自分の手に負えなかったモノを、いまやっと画にできて嬉しい。
ギョーザの写真をたくさん集めて並べてみたらゲシュタルト崩壊してきた。
課題のブックから発展したり、縮小してたり。
若いのに内容が渋すぎる人。でも年齢は関係ないね。
いかにもこの続編がありそうな感じだけど、このままで終わらせておいてほしい気分。
カラーバランスの崩れた写真と通常発色の写真を組み合わせた事で生じるギャップ。
有線マウスの設定が合わなくてビュンビュン動く。
肉眼で記憶した世界が蘇る。
駅のホームは三連休前の人たちという感じ。
撮る段階で対象を選びすぎないことは大事だと思う。
「撮れない」はカメラが壊れた時にだけ言うことです。
(2017.11)
探すと見つからないのが単四電池。
絵を描く事と比較すれば、写真を撮ることは一瞬で済みます。ファインダーを覗いたけれど「?」っていう時こそ、むしろ撮るべきです。デジタルでもフィルムでも、それが写真らしいやり方だと思っています。
朝から洗濯機の取説を熟読。
カメラって名前のカメラ。
何かがあったが読めずに消えていた。なんだか美しかった感じがする…?
少し痰の絡まった咳払いが、たまにマイケルジャクソンぽくなる。
「高低差の関係や、東京にもあるやろ?」
すでに書かれている1つの文章とタイトルに思いもよらなかった写真を当てはめて得られたアヤフヤな感触は、着想から一晩たった今、様々な符合する事柄を見つけるにあたり、確かな手応えへと変わってきた。
湯加減を間違えた(混合水栓)熱湯コマーシャルみたいな風呂から生還。
撮り続けて選び続けた先に自分が創ることの理由が見える。
「存在」を辿った跡に現れる境界線のカタチを思い浮かべる。
アマゴハンターをアゴハンターに読み間違う。
一番よく分からなかった人のが、なぜだか一番覚えてる。微妙な分からなさが創る側と見る側を次へ向かわせる。
撮りたいものを撮るのは誰でも当たり前ですが、自分が興味のあるものだけを撮ってたら、撮れるものがだんだん無くなっていくのは当然です。なんでもシャッター押して発見してください。
暑がり王者決定戦!(シベリア大会)
自分にとっての古い写真と再び走るにあたっての呼び名を考える。
バカ安い芋焼酎(薬品に近い)
地下鉄で半袖一丁ぼくだけ。首からタオルしてるのも僕だけ。
これから選ばれる写真に向けた言葉。
新しく撮った写真こそが過去の写真を発掘させるアイデアの原動力なんじゃないかと。
チャーミングをチャーミーコングに空目。意味不明。
それぞれの心の中にいろんな高さの山があるとして、なんだか自分の中でいま発見してる一番高い山に登ってしまったような気分がある。
カッティングシートの貼り方、何回やっても忘れる。
同じ材料の中から何度も作れば作るほど、出来上がる世界は狭くなっていく。今ある写真の中から、どれだけの新しい広がりを表す事ができるか。撮らないという作り方にはその厳しさがある。
マイコンBASICマガジンに載ってるPC6001mk2で作ったゲームみたいな感じで歩く。
フォギー効果を使っていた頃の写真が、自分の中で既に懐かしさを伴っている。
風呂上がり。せっかく温まったのに暑い暑い言うて扇風機で冷ます。つきたての餅か。
書いた言葉に写真を厳密に当てはめすぎず、少しだけ破綻させたあたりに何とも言えない魅力が生まれるのでしょうか。
焼き鳥のタレでも飲みたい。ポン酢はたまに飲んでる。
自分では何百回も繰り返し見た写真でも、他者にとっては新しいも古いもない。
そうか。死後硬直か。
(2017.10)
あると思えば現れる。ないと思えば消えてしまう。魔法みたいなもの。
僕が毎日、酒を飲んでると思ってる人、それは偏見です笑
妻がバルコニーで額縁に塗装をしている。僕はベンチに座ってその様子を眺めている。陽が傾いて空の色が変わってきてる。そして月曜はまだまだ続く。
火曜日になりました。
妻の個展のプリントデータ作成を手伝っていたらもうこんな時間。っていうのが先月末ぐらいから度々ある。今夜もそうだ(血皿)
なぜか今頃になってウォーキングデッドを第1話から観始める。
妻の個展準備に関して明日はどういう作業をするかという会議をしている。(早よ寝てくれ)
白鶴上撰をキューっと熱くしたやつを飲む。
ご予約はフリーダイヤル人知れず呑む。0120-140-206まで!
今週は年に一度の6日間開催。
判断力マイナス4096。
釘打ちの位置、痛恨の計算ミスでちょっと作業後退(白目血)
気分はHDリマスター版。
3週間ほど精神的に走り続けている感じなのでアキレス腱が疲れた気分になる。
裏側と後ろ側の違いだな。
(2017.9)
アビィ事務スペースの奥地から10年ぶりにスライド映写機をピックアップする作業の下調べ。どこにあるかの見当はついているし、関連する物品の存在は確認したので、その近辺に確実にある。しかしどうすればあの場所にアプローチできるのか。倉庫番ゲーム。ていうか手前に置いてたらスッと取れたのにな。笑血。
2畳ほどしかないアビィ事務スペースには様々な物品が詰め込まれており、それらの質量で奥のほうは重力が崩壊している。ふだん僕が座っている場所はまだ事象の地平面に達していないので大丈夫。それ以上奥に近づくとその重力に引き込まれ脱出できない。それぐらいに恐ろしい作業なのだ。
では今から事象の地平面へ突入します・・・
3時間後・・・
ここにあるハズという場所に映写機が無くて探索は絶望的に…!しかし粘り強くモノを運び出し続け、ほぼ事務スペースがカラになったところで遂に発見!気分的には出土!おかげで片付けが出来たので一石二鳥。たまたま用事で来ていた妻が一連の探索に巻き込まれた。
記憶どおりの場所に置いてあったら30分ぐらいで一件落着したのに3時間も掛かって大変だったが、事務スペースの奥まで行きやすいように配置転換をしたりで、不用品も処分でき、風通しもよくなって、これで金運アップ間違いなしDr.コパ。
実は今年一番の達成感かも…
幻想は心の中の出来事かもしれないが、魔法は現実にカタチを残すこともある。
昨日も今日も、妻からだんじり祭りの動画が送られてくる。
全て投げ出して閉店即帰宅。
長い旅を終え、連れ添った仲間たちとお別れをしたような、なんとも言えない寂しさと共に目覚めた朝。どんな夢を見ていたのやら。
昨年から温めている作品のテキストがひとまず書けた。言葉はまだまだ吟味しなければダメだがアウトラインは整ったと思う。しかしそのテキストには予定していた写真は合わない感じ。こういう事があるから面白い。
ぽっくりミスで送料1400円損する。
映画を撮るような写真に拘った初期。写真は写真のやり方でいくしかないと感じた近年。そういった取り組み方の移り変わりの中で、今回の個展は少し映画の側に寄せた気がする。やはり、自分にしか出来ないことを考えたい。
ホテルのオートロックが解除できない外国人旅行者に助けを求められ、中国語のホームページの説明を想像で読みながら手伝う。
魂スポーン。
享年10万45歳。
個展が終わって1日経った。心に残るたくさんの言葉を貰った個展になって嬉しいなぁと思う。ささやかな写真展だったけど、この小さな漣が海を越えて遠い何処かへ届く奇跡も信じたくなる。そんな気持ちよ、ずっとこの星に伝われ!!と願っている。
液晶保護フィルム貼り替えたら指の滑りがなめらかすぎて。指紋がなくなったんかと思うぐらい。
上質なのと面白いのは、また別の要素。