僕が写真集や販売プリントに書いてきたサインはこれまでに3種類ぐらいあって、今使っているサインは2008年頃から書いている。15年前、初個展でサインを求められ、そんなの全然考えてなかったので恥をかいた経験から、初個展の人にはサインを考えるように言ってるけど。自分のサインを考える前に、もっと他に考える事もあるわけですけど、他人からサインを求められる事があるかもとか、最初の時点からそういうことにまで考えが及んでいるかどうかで、今後出来上がってくるモノのレベルに差がついてくると思うんですね。
西友で買った揚げ物とライスの塊みたいなジャンク弁当にマヨやらソースやら塩やらコショウやら好きモンをかけまくって食欲でも破滅欲でもない何らかの欲求を満たす。
写ルンです30周年記念イベントの一環として、本日のそれ活パーティーを写ルンですで回し飲みならぬ「回し撮り」します。何台か置いてますので自由に撮影してください。人にパッと渡してもすぐ撮れる・壊れる心配も無い。フィルムの魅力が〜云々の以前に、写ルンですの一番良いトコと思ってます。
α7のボディが中古で1万5000円ぐらいになった時のためにEマウント用HOLGAレンズだけ買っとこうかな・・・まだ中古でも10万円ぐらいするけど・・・何年先かな・・・(笑)
9月、和歌山の加太で展示させて頂く場所の内観写真が届く。ギャラリーではない、ちょっとやそっとのことではない空間での展示だが、自分の作品がその場所から何を引き出せるのか、腕の見せ所である。
10月の個展「風景」のテキストはすでに去年の暮れには書きあがっていたが、先週の個展で得たアレコレも踏まえて、また、より読みやすくするため、リライトに取り掛かった。で、わりと良い感じに書き上がる。しばらく寝かせてから再度見直す。
SNS越しに今すぐ伝えなくても、いつか会った時に、というか、すぐに会うのだろうから、そん時に顔を見て直接話そうっていう事柄が幾つか。僕の脳ミソの容量が小さいので、逐一忘れてしまうのかもしれないけれど。
まだくじけない☆
買い替えない☆
アビィ11周年。開業当初から残っている備品はずいぶん減った。ヤフオクで買ったこの椅子はそんな生き残りの一つ。買った時からすでに古い物だった。今後また何処かで歴史を刻むかもしれないし、ずっとここにいるかもしれない。
こないだのアレとこんどのアレをゴニョゴニョして前のアレにちょっと近づけてホレホレするのを当分の間の楽しみにしております。あと2年は生きられる。
中古で3000円ぐらいになるまで待つ。
こう観ろ、こう考えろ、という作り方は、結果的に説教くさい内容になってしまうと思う。でも、自由に観て考えて!というのは鑑賞者に丸投げすぎで感心しない。僕は今は、こう観てもらえたら、こう考えてもらえたら、嬉しいな。そんな感じで作ってる。自分では書かない答えを知る余地を残したい。
人類が滅び、世界が滅亡した後、残されたHOLGAが生命体に進化してホルガノイドとなり地球を支配する・・・
そろそろ午前4時。夜遅いのか朝早いのか、よく分からん時間帯。
希望者による殴り合いで争奪してもらいます。
写真は撮っただけならまだ作っている途中のようなものだが、その時点で、その写真がどうなるかはほとんど決まってしまう。しかしそれは、あくまでも画の表面としてのことである。
首の古傷が痛む雨降りの午後。
次週滞在予定の宿がギャラリーから徒歩圏内のようなのだが、実際どうかとストリートビューで歩いてみたら、マウスボタン40クリックぐらいで着いたので、たぶん近い。
普段以上に限られた予算の中でハレパネをどこでどう買えば良いか、検討を重ねて答えが出る。
今年になってから3台目のメタルラック組み立て。
次週の黒白展は、久しぶりに暗室手焼きプリントで出します。僕の手焼きプリント、珍しいですよ。昔に焼いたぶんですけども…
何も見えない都会の夜空でも、じっと目を凝らせば、しだいに星が見えてくるように、会場の照明も少し暗くしています。
(2016.4)
個展で並べた写真を鍵のかかった箱だとすれば、
いくつかはボタンを押すだけで
すぐに開けられるようなのを並べてあって、
いくつかは特定の鍵を持った人以外には
開けられないのも置いてある。
しかし、何かの取っ掛かりに気付いて
手を持っていきさえすれば、
いつか全部の箱が開けられる。
写真集はそういう思考のために必要。
【最新情報】ホタルイカの下ごしらえを完全マスターしました。
展示プリントを全部作った段階だが「最果てにて」のセレクトを少し入れ替えることにする。普段は一度決めたセレクトは絶対替えないが、今回はいつもより枚数が倍ほどあるので、より考え抜くことにした。
セレクト決定分のうち4枚を別の写真に入れ替えた。すると、並びがパッと見えてきたので、写真集のテスト版を編集し、発注。
久しぶりに串カツ欲を発散。
小口や袋綴部分を断裁しないスタイルの冊子を試作。製本ワークショップで提出したら怒られそうなやつ、笑。ゴワゴワした手触りが存在感があって良い。
パッと見えたのが、そもそも思い違いかもしれないが、今のところ何度か見返して、なかなか良いのではないかと感じる。
僕には年に2回しかない三連休。
本日はルーニィさんで、なんとあのハービー山口さんが僕の展示をご覧くださり、しかも写真集までお買い上げ頂いたという知らせがあり、身にあまる光栄すぎて前も後ろもモラしました!
ダリオ・アルジェント監督のホラー映画はどの瞬間に画を止めても美しい色彩と構図で大好き。
ココイチで食ったカレーで胸焼け。
26年前、母親が寝たきりになり介護生活が始まった。映画学校を出たら東京で脚本家の修行をする話しは諦めた。今も大阪を拠点にしてるのは介護があるから。僕は遠くへ行けない身の上なので、せめて自分が創ったものだけでも遠くへ行って欲しい。そう思って創っている。
そんなわけで僕自身は短い日数でさえも海外渡航の経験はない。日本の空気だけを吸って生きてきた。しかしありがたいことに自分が創ったものは、北米やアジアやヨーロッパで、確かにそこの空気を吸って、言語や文化の違う土地でちゃんと生きている。それだけでも嬉しいじゃないですか。
遠くへ届くというのは地理的なことだけではなく時間軸的なことも含んでいる。自分という人間が生き永らえる範囲を超えて、作品を未来の人たちに託すことが出来たら嬉しい。作品とは時の流れを漂う自分の遺伝子だ。誰かによって考え続けられる限り、その遺伝子は死なない。僕は生きていることになる。
そう考えると、自分が死んでからの人生のほうが、生きていた年数より長くなるのかもしれない。だったら、昨日や今日に辛いことがあっても、行く先は未来しかないんだから、すべて受け入れて生きる勇気が生まれてくると思う。そんなことを気付けるような、些細な発端を自分の作品に隠しておきたい。
残り時間がシビアな時に限って、印刷屋と運送屋にチョンボまたはダブルチョンボされた恐ろしい経験が何度かあるので、出来上がりを見るまでキンチョーは続く。
須田一政さんの「人間の記憶」を鑑賞。様々なことを痛烈痛感。須田さんのコメント文にある「若い世代に、ある時代の断片を手渡しできることを」という「若い世代」はとっくに過ぎ去った僕だけど、たしかに何かを受け取りました。そんな感じで京阪電車に揺られて帰宅。
宇宙の星のことを調べるのと、作品をつくって人に見せることは、何だか似ている…そう思って「太陽系の最果てにあるという雲」が生まれた。だがこういう言い方でも言葉を現実的に捉えて解釈されてしまう。
昨秋、ミラノで展示に加わらせて頂いた時、担当ディレクターの方から伺ったお話しで、イタリアのお葬式を撮影した一連の写真に対し、主催者である財団の創立者の方が「誰かの部屋に飾られることはなくても人類にとって必要な写真」と述べられたことが心の片隅にあって、それをずっと考えている。
1面目の設営でなぜか1時間ほど費やす。汗
個展写真の並びをBGM付きでスライドショーにし、何度も繰り返して見ている。並べた写真にまた新しい発見があり、そこに置いた理由が自分の中でも強化されていく。
けして神憑り的な話ではなく、日頃からの思考の断片が不意に繋がった瞬間である。
思考が絡まった結び目を数えていたら数列の秩序に偶然気がつくような感覚。
個展をやる元気がないのではなく、個展やるから元気になるのであります!(魔)
写真集の実寸大見本の印刷データを作成中。土壇場まで考えて作る。
このニュアンスがキッチリ通じる人がいたら嬉しいな。けど写真はそのためにあるので、日々精進。
ガラス繊維のような物の破片を踏んづけて劇痛。すごく小さな傷口なのにエライこと血が出てビビる。でもまだ血は赤かったので安心した。
風呂上がりがすでに初夏の暑さ。
和歌山へ行くはずが、妻がユニクロで試着し始める。
5月個展の現像上がりラスト4本が届く。全部でたった48コマだが、かなりいい写真が揃っている。何を撮るべきか、アマタの感度がMAXまで来たな。
さっきのネガ、早くスキャンしたいなぁ。僕は写真撮りたくてたまらない!っていうのは無いけども、スキャンしてからレタッチしたくてたまらない!っていうのが常時ある。撮ることはそのための材料集めなのです。
ユーミンのDESTINYを妻と合唱しながら、いまなお設営作業は続く。疲。
個展会場で配布する名刺が完成。名刺って、作るたびにシンプルな内容になるよね。わたし私ワタシって、もう必死でゴチャゴチャ書かなくていいや、みたいな。
昨年11月頃に書いた2016年企画グループ展予定一覧の中に「派手」という名前の企画があって、自分でもなんのイメージか分からない。あと例によって「神様仏様展」が候補上がっているが、今年は出番があるだろうか。
4月個展のプリント作業中。あなたの見間違えではなく、ここはコンビニです。
僕、もう何年間も、還付金の可能性がある仕事をしていません。
3月最終日。なんか今年の3月は長かった。2月も一日多かったのに、3月がなかなか終わらないように感じた。もう6月ぐらいの気分。それだけ忙しかったのかねぇ。
(2016.3)
アビィ企画グループ展で「たびフォト●10」みたいに、タイトルと回数の間に付いてる「●」はナニ?ってよく質問を受けるのですが、それは「・」(なかぐろ)が巨大化した物に決まってるじゃないですか。ほかに何があるというのか。
なんせ、DMを作る時、「●」はタイトルより2回りぐらい小さいポイント数にしてますから。そうじゃないように見えるDMは、印刷してから「●」が膨張したんです。以上。
毎年分かっているのに、領収書の保管場所が一貫していないので、まずアチコチ探して集約する所から始まる。そんな状態なので月ごとの仕分けがされてあるはずもない。
一心不乱に領収証を見つめて腐乱しそう。いろいろな領収証を眺めては、ああ、これはあの買い物だな、あの出張とのときだな、等など、領収証から甦る想い出もある。
あー、夢に領収書が出てきそうだ。ゾンビになった領収証と闘う夢とか。今年は領収証の束の中から1円玉2枚を発掘しました。この11年間でエクセルがだいぶ使えるようになりました!