” ジャッキーカルパス 栄養 ” で、検索
入念にセットアップして作り上げた己の世界の創造力と、偶然の産物を拾って集める観察力の戦いであるのかな(何が?)
テレビもないし、ラジオも聞かなければ、ツイッターの中だけが年の瀬っぽい感じ。年の瀬なんて本当にあるのか?笑。近所のカウンターで焼き鳥ぐらい食べに出るかもしれない。。
余計なツイートなどせず、山奥の水車小屋の水車にホースで水かけて回しながら静かに暮らしたい。
熱い風呂に入って、個展に添えるテキストが1つ、降ってくる。もちろん、どんな個展かは知らない。
「週明けはスロースタート」っていうのを、「週明けはスタローン」と空目してシルベ・スタスタローン。
カレーライスと胸焼けは表裏一体。
作らなかった物、やらなかったコトの理由を迷わずスグに答えられる人が良いね。軸がある。作ったモノの説明の裏側には、それに対して作らなかったモノの理由がセットになっているはずで。
「お知らせください」っていうのを「お剃らせ下さい」って打ち間違えて送りそうになる。未然に防いだ。よかった。
ノスタルジィというのは、何かがトリガーになって過去の記憶を呼びさますことでもあるが、自分が「こうでありたかった過去」という憧れの気持ちもあるのかもしれない。
ちなみに僕のオカンはダースベーダーのことを、息が臭そうって言ってました。
目ぇショボショボなんでレタッチいったん終わり。時を同じくして、誰かが変えたカバー写真のカンジを見たり、自分のやった写真のカンジを見たり、まだまだ僕も捨てたモンじゃないね、と思う。おカネが全然無いだけだ。
たまに行く焼き鳥屋にトボトボ歩いて行ったらカウンターはガラ空きなのに満席ですと断られ(なに?霊的に満席なの?)と思いながらトボトボ歩いて帰ってきた。
一人暮らしの頃、大晦日の夜9時にスーパー玉出に年越しそばを買いに行ったら、そばもうどんも中華そばも売り切れで、焼きそばだけが山盛り残っている麺売り場で、30人ぐらいが途方に暮れている現場に立ち会ったのが、人生最大の年末感でした。
ほんとに怒ってないですって()
妻が入院中に使うカメラとして写ルンですを3台渡してある。もう2台目を使っている。壊れたり盗まれたりしそうもないから丁度いい。フラッシュ撮影は迷惑なので室内光と外光で。写るときは写るし、暗いときは暗い。
祝日に訪れた病棟は、スタッフも患者も普段の半分ぐらいしかいない?っていう妙な静けさ。徐々に歩けるようになってきたので、病院の中を2人でゆっくり歩いて話す。
築50年という建物。内装は今っぽく改装されているが、中庭の吹き抜けを見上げると、頭上に見える外壁はマヤカンっぽかった。
妻、無事退院。お正月はしばし実家にて療養するため、不要な荷物を持ち帰り、いろいろミッション完了。自宅で1人留守番して迎える年の瀬はなんだか手持ち無沙汰な感じだが、かといって何かの集まりに混ぜてもらおうとかも全く思わない、笑。
「どういうつもりでやってるのか」は大事で、少年野球の子供らがみんな甲子園やプロを目指してるわけではないんです。でもたまに親に無理矢理入部させられたみたいな子がスーパースターになったりする。個々に合わせた育て方も大事だし、可能性を見逃さないのも大切。しかし最後は本人の気持ち次第。
以上、個人的な考えです。僕がこのあと寝てるあいだに死んだら、故人的な考えです。
「うわごと」を読み返してたらメッソーにオモシロくて、ずっと読んでしまった。
阪堺電車の天王寺駅が12月3日で新線に付け替わるという案内があったので、この昔ながらの駅も見れなくなる!?と思い、帝塚山の帰りにiPhoneやらで少し記録した。子供の頃、単線ホームの奥に平野線が停まって上町線が手前に停まって、みたいな記憶がある。
王将の店内BGMで急にサチモスのSTAY TUNEが流れてきて、店内の空気が一気に変わって湘南になった。
事務スペースで過去のとある展示物を探していた。が、それを作っていないことが分かった。そりゃ、見つからない。
ウイスキー牛乳割りのほのかな甘味を楽しむ深夜2時半。
とんでもないタイトルが詳細な設定と共に降って沸いたが、内容が思い浮かばないので、メモだけしておく。
向こう脛のタンコブにモーラス貼ったら、めちゃ経皮鎮痛されておる。スネ毛がほとんど無いので剥がす時も安心。
真ん中でピントがビシーッと合ってるような場所じゃなくて、広角レンズの端っこで歪みながらもなんとか存在してるぐらいの場所が、ある種、自分の居場所なのかなぁと思う。いや、イメージサークルの端っこギリギリで、そもそも写真に写らない場所だけど、何かのはずみで見えてくる、ような。
名張でのグループ展、無事に終了致しました。想像以上の結果で嬉しいです。撮った場所で地元の方に写真を見て頂く機会というのは案外ないので、自分の表現のことだけにとどまらず、写真というモノのチカラがどう波及していくのかをリアルに感じました。
酒に酔うのが好きなんじゃなくて酒の味が好きなんです(より重篤…)
(2016.11)
僕が今も表現の事を続けている原動力になったのは、高校生の時に石井監督から掛けて頂いた言葉です。
映画作りを志すようになったのは小学生の時に映画館で観た「逆噴射家族」がキッカケ。そのパンフに載っていた脚本全文に興味が沸いて、子供なりに脚本を書き始めた。その時は監督が誰かまで分かっていなかったが、高校生の僕に声を掛けてくれた石井監督こそ、その映画を撮った人だったのであります。
子供の頃から映画を観るのが好きで、小学校3年頃から週末になると難波や梅田の名画座で3本立500円とかに入り浸っていた。でも映画を作る事が出来ると言うのはそのパンフレットに載っていた脚本を読んで気がついた。すごい衝撃だった。自分が観たい物を自分で作るという気持ちは今も同じだ。
初期衝動を鮮明に思い出して奥歯にチカラが入った。だからもう35年間ほど歯ぁ食いしばってる。
6年前、体調が急変して病院へ行ったらカウントダウン寸前の状態だった。何とかサバイバル成功で生き延び今に至る。でも神様に払った代償も色々ある。あの日の前と後の自分は変わった。そして今も不意に神様から払い忘れを請求されないか、少しは怖い。だからどんな展示でも全力でやる。常に遺作だ。
いつか僕が死んだあと、未来の知らない誰かにも・・・
時の流れのどこかで僕は生きていると思うから。
「時の流れのどこかで」(2010-2012)スライドショー
https://vimeo.com/81403479
2010年に自分という人間がいちどリセットされ、迎えた2011年に個展を3回やって、そこから再構成して出来上がったのが2012年の「時の流れのどこかで」だった。これを超えたというモノを作った実感は自分自身でもなかなか無い。でもそれぞれ違うベクトルで同じだけは振り切っているつもり。
病気をする前からこの作品(時の流れ)の完成までに、重量にするなら20キロほどの血肉を神様に支払った。今はまた、だいぶ支払えそうなだけ貯まったけど(笑)
パーティー終わって何も片付けずにアビィから離脱ダッシュ☆
昨日はよく飲んだな…
堺筋線運休のため昨夜の片付けがピンチ!(酒臭いまま開店)
酒臭さではない何か特別なサムシングが漂うギャラリー室内(昨夜の惨状を清算している)
安い酒はガンガンに燗して飲むと雰囲気がよくなってお得な気分。
本日の撮影、417枚。ホルガデジタルはモノクロモードで使えば画質的にもよさそうな感じ。手ブレもだいぶ慣れてきた。
晴れてきたんで洗濯して干したら、また天気が悪くなってくるというね・・・こういう日は豚汁への期待が高まる。
赤茶けた雲がまだらに広がる夜空。オリオン座は見えない。僕はちょっとぐらいポエムも書いておきたいな。熱めの風呂にする。
個人的にウコンのチカラはすごく好きな飲み物なので100mlなどと言わず500mlペットボトルとか販売してくれたら毎日ガブ飲みしたい。なんならウイスキーのウコンのチカラ割りとか焼酎のウコンのチカラ割りとかもして楽しみたい。
今日は雨の散歩がてらホルガデジタルをモノクロモードで撮ってみた。あまり期待していなかったがカラーの時より画に粘りがある感じでかなり良いかも。
今週のsproutさんの個展を見ていると、このミニマムな風景の中にスーッと取り込まれていく気分で、あー・・・、地球にへばりついて暮らしてる僕ら人間のなんと小さきことよ・・・と、荒波のような気分も鏡のような水面に。。。あー・・・、、、こういうのが芸術と言うんですよ。
ホルガデジタルにヒカル小町を付けたら外れなくなった汗
GF1とボディキャップレンズの組み合わせ、自分の撮り方に合ってる感じで終始快適であった。宇治も良いところだった。川べりをもっと歩きたい。
また1つ、まとめるべき作品のキッカケが舞い降りてきた。最後の1つを失くしてしまったジグソーパズルのピースが見つかってくるイメージ。そういうのが幾つかある。連鎖反応。
とりあえず35万円ぐらいあったらストレス解消間違いナシ